ITO-HNL-KIXの空の旅
KEN爺はすっかり浦島太郎状態で
数年前までは200回以上も通いなれた
ホノルル空港で迷子になってしまったのだ。
年とともに身についてしまっていた
固定概念に勝手に誘導されていて
今回もヒロからホノルルまでハワイアン航空で飛んで
到着はBゲートだったのでいつもの通り
ひょこたんひょコタンとキャリーバックを転がして
国際線ロビーのCゲートに向かって歩いて行って
さあ、関空行は今回は何番ゲートかなと
胸のポケットからチケットを出して
確認したら A-12、、、、、、、、うん?
Aゲート? どこだ?
掲示板マップを確認して驚いたよ!
島の間のフライトだったターミナル1がやたら大きくなっていて
遥か彼方にA-12 って書いてある。 一番端っこではないか!
こりゃあ 遠いわ! と歩くのをあきらめて
ワンフロアー上の空港内の移動バス「WikiWiki]に乗った。
気持ちが焦っていたのか もう一本後のバスにすりゃいいのに
荷物をいっぱい持った大勢の乗客の中に、、、。
運悪く車内スピーカーが壊れていたのか
運転手が各航空会社の出発ゲートを案内する声が
KEN爺にははっきりと聞こえないのだ。
気が付いたら降りそこなってバスはUターンしてターミナル2に向かってる。
乗客のみんなは降りてしまって自分ひとり、
運転手に「ごめん、A-12に戻れるか?」と尋ねたら
「いいよ」と言ってくれたので安心して座っていたら
バスはホノルル空港の3階の道をどんどん反対方向の
ダイアモンドヘッドコンコースまで行って
結局はぐるりと1周して目的のA12ゲートまで
僕一人のために走ってくれたのだ。
恥ずかしかったが、ここは開き直ろうと
ぼけ老人に成りすまして深々と頭を下げて下車した。
きっと、あの運転手は「爺さん大丈夫かい、一人旅で」と
心配してくれていただろうな。
何はともあれ無事に関空行に乗り込んで
少しゆったりした席で 映画を4本見たが
アラスカ航空資本になってからは
映画のリストが全く日本人を意識していなく
ほぼ満席の乗客の皆さんのほとんどは
疲れ果てていたのか ぐっすりお休みであった。
神戸医療センターの受付で診察券を出すと
「付き添いの方はいらっしゃいますか?」と
尋ねられ「俺はもうそんな年なんだなあ」と
万年青年を自負していただけに
自覚を迫られた気分になったよ。
日本の運転免許証は前回の帰国の際に返納してはいるが
ハワイ島では今も毎日快適ドライブ
今のところは「やばい!」と感じたことはなく
3回数えたらやめようかとも思っているが
あと10年は頑張りたいと思ってる。
(関空大橋)
先ほど、ぼけ老人に成りすましてと書いたが
残念ながらぼけ始めているのかな?
まじ、付添人が必要になるまでには
あと何年は自由な旅ができるであろうか?
そのためには足腰は鍛えておかなければと
日本に帰ってきてからも毎日急な坂道を
3kmから4kmほどは歩いているが
下り坂は 正直言って怖い。
生涯現役 万年青年
ちょい悪爺い をテーマに
人生の5分の4を今年に迎え
最終直線にはいってゴールを目指す
あとはこけずに 全うしたいものである。
















